6年「古墳巡り」パート2

少し前になりますが(6月24日)、6年生が2回目の「古墳巡り」に出かけました。今回は、松尾の宮山古墳、東柳野の姫塚古墳、東阿閉の父塚古墳です。そして、古墳の解説に来ていただいたのは、前回に引き続いて、成田さんです。

【松尾の宮山古墳】松尾の裏山を少し上ったところにありました。急な坂で、上り下りにみんな一苦労しました。よくこのような地形のところに立派な古墳を作ったものだと感心しました。石室が石で囲まれているのがよくわかり(横穴式石室)、石棺も完全な形で保存されていました。鉄刀や矢じり・馬具・耳飾り(金銀使用)などの出土品があったそうです。これもすごいです。松尾の地区で、古墳に屋根を付けられていて、みんなで古墳を守っておられるのが分かりました。

【東柳野の姫塚古墳】自転車で移動し、田んぼの中の小高い山になっている姫塚古墳に行きました。今は、70mほどの長さですが、実は、全長80mの「前方後方墳」であることが発掘でわかり、県下最大の「前方後方墳」だそうです。すごい古墳だったのですね。よく聞く前方後円墳ではなく前方後方墳で、古墳時代のはじめにつくられたと考えられています。平地に土を盛って作ったのですから、当時、すごい権力者が近くにいたのでしょうね。古墳の上に上がると、供養のお供えがしてありました。

【東阿閉の父塚古墳】3つ目は、高月学区の東阿閉に行き、父塚古墳に行きました。現在は、稲荷神社になっています。珍しい「円墳」ということだそうです。姫塚と父塚、何か関係がありそうです。近くには、「山岡孫吉さん」をしのんだ銅像と公園がありました。「5分間、休憩!」の担任の優しい声で、みんな目一杯、遊具で遊びました。

【東阿閉会館】最後に、「山岡孫吉さん」が寄付をされて建てられた「東阿閉の会館」に立ち寄りました。学校からも、とがった屋根が見えるきれいな西洋風(ドイツ風)の洋館です。ここで、お世話になった成田さんにお礼を言って、学校に戻りました。

【最後に】2回の古墳巡りで、古墳時代の歴史が少しわかってきました。1800年も昔にあんな大きなお墓(古墳)を造るなんて、すごい話です。山の中にたくさん作ったのは(古保利古墳群)、琵琶湖からよく見えるようにと知りました。どうやって山に大きな石などを運んだのでしょうね。また、平地に土を盛って作るのも(姫塚古墳)、すごい労力のいる仕事です。当時どんな権力者だったのでしょうか。豪族か、それとも、王か。そして、鉄剣や矢じりなどの武器が出てきたり、耳飾りなどの装飾品や銅鏡なども見つかったりしたそうです。でも、古墳については、今でも分からないことがたくさんあります。そんなミステリーな古墳が点在する古保利学区です。